社会を意識した情報科学演習の実践

ー教室でできる企業シミュレーション「ビジネス実務演習」の実施ー

清泉女学院短期大学 国際コミュニケーション科 長田尚子(第1期MOSTフェロー)・高池友則 

概要:長野県長野市に位置する本学国際コミュニケーション科では、地域の事業所で自律的にキャリアを形成していける女性の育成をめざし、様々な授業改善を行っている。このコースポートフォリオでは、情報系の専門科目として開講している情報科学演習Ⅰの中で行っている「ビジネス実務演習」について報告する。情報科学演習は情報系の応用科目として位置づけられ、情報科学演習ⅠではMicrosoft Accessを用いて、データベースの基礎とそれを用いた業務アプリケーションシステムについて学習し、情報科学演習ⅡではITパスポート試験レベルの内容を想定した情報システムに関する基本事項を総合的に学習する。ビジネス実務演習では、授業内の課題として学生が構築する販売管理システムを用いて地域の企業を想定したロールプレイングを行う。演習を通じ、企業における情報システムの活用方法についての学生の理解が深まり、職業理解にもつながることが期待される。

コースの基本情報

コースの目的:本学科では、1年次に情報系の基礎科目が必修として配置されている。これに加え、情報系の応用科目として情報科学演習ⅠおよびⅡがある。情報科学演習Ⅰでは、情報システム開発を取り扱い、開発ツールとしてMicrosoft Access を用い、データベースを用いた簡単な業務システムの作成と活用に取り組む。 情報科学演習Ⅱでは、ITパスポート試験の出題分野をカバーしたゼミナール形式の演習を行っている。両科目は1年次あるいは2年次で履修可能であり、情報系の発展レベルを目指す学生による情報システムの深い理解が期待されている。

コースの課題:女子短大文系学科で情報系科目を実施するにあたり、次に示す2つの課題があると考えている。①Word、Excel、PowerPointを使えれば事務職として働けるという認識を持つ学生が多い、②情報システムの専門家になるわけではないから情報系の応用科目は不要ではないかという考え方もある。その一方で、地元企業に就職した卒業生を訪問してインタビューを行ってみると、大半の事業所では業界に特化した業務アプリケーションシステムを日々の業務の中心として用いていることがわかる。そして、新人はその機能を使って一通りの業務ができるようになることが、第一目標であることも多い。つまり、事務職として就職することが多い本学科卒業生には、Microsoftの一般的なOfficeソフトを使いこなすだけでなく、業務における情報の流れを確実に理解し、アプリケーションシステムを正しく使っていくための基礎力が求められていると考えられる。

情報科学演習Ⅰのシラバス

情報科学演習Ⅱのシラバス

学習目標

情報科学演習Ⅰでは、パソコンやソフトの使い方を習得することだけではなく、組織における業務処理を情報システムを用いて効果的に行うことを、演習を通じて理解することを重視する。従って、次の各項目についての基礎知識、応用力を習得することが主たる学習目標となる。

1)ビジネスにおける情報システムの理解 : 学生にとって理解しやすいと考えられる業務を例にとって、業務における情報の流れと、システムの役割を講義を通じて説明する。今回は販売管理業務を題材とする。

2)アプリケーションシステムの基礎知識 : アプリケーションシステムを開発するということを理解するために、実際にMicrosoft Accessを用いて、要件定義にしたがった画面定義や帳票の設計を行う。

3)データベースの基礎知識 : Microsoft Accessを用いてデータベースの定義を行い、関係型データベースの基本事項(キー、正規化、参照の整合性)について、具体的なデータに基づいて説明できるようになることを目指す。

4)業務システムの基礎知識 : Microsoft Accessを用いて、実際に稼働するように定義された販売管理システムの設計内容を理解し、それを定義して、稼働することを確認する。

5)業務システムを用いて業務を効率的に行うための応用力 : 以上で開発した販売管理システムを用いて、実際に業務をロールプレイングとして実施する。

情報科学演習Ⅱで取り扱うITパスポート試験の出題範囲には、ストラテジー系、マネジメント系、テクノロジ系の3つの分野がある。ストラテジ系で求められる担当業務を理解する上で必要となる経営全般の基礎知識、マネジメント系で求められるシステム開発やプロジェクトマネジメント等の基礎知識の基盤が、情報基礎演習Ⅰで形成できる。


教授法・教材・学習活動

テキスト:当科目の目標に合致したテキストとして、大澤文孝 (2010) による「はじめてのAccess2010ビジネス実用編」を用いることとした。初心者向けのテキストとはいえ、実践にも使える充実した内容であったため、学生のレベルと授業期間を加味して、以下の図に示した流れを対象とし、データベースの定義、画面の定義、処理の定義を行った。(なお、2015年1月現在、Access2010版の同テキストは廃版となり、内容が改訂されてAccess2013版が出版されている)


教授法:以上の流れを念頭に各回の授業は、基本事項の講義、システムの解説、システムの定義、振り返りシートの記述という構成にした。各自の進捗に応じて遅れた部分を時間外の課題とした。また、授業期間の最初と最後にシステムを用いたロールプレイングとして、ビジネス実務演習を取り入れた。その詳細は次項に示す。


実際の授業

各回の授業:前任者から引き継ぎ、2011年度から長田が、2013年度からは高池が担当している。両名ともIT業界で業務システムの開発、データベースシステムの設計、プロジェクト管理の経験がある。ビジネス実務演習は2011年度に試行的に開始し、2012年度から正式に導入した。各回の進度は以下の表のとおりである。授業自体はMicrosoft Accessを用いたアプリケーションシステムの開発として、基本事項の説明と作業が中心になるが、販売管理業務のどのあたりに関係するのかを下表のように対応付けて示し、学生の意識づけを行っている。

 ビジネス実務演習のシナリオ:学生はオフィス事務用品の販売商社で働いているという想定とする。ロールプレイングとして、近所に新しくできた会社に営業に行き、新規顧客としての登録、商品受注、納品、請求、領収証の発行までの処理をシステムで行う。その中で、カタログの作成と印刷、新規顧客のデータベースへの登録、商品データベースの確認、見積書の発行、値引き交渉等の実務課題への対応を、システムを活用して行う。教員は顧客役としてふるまう。以下に示した文書を用いる。

実施要領(教員用説明文書、学生も使えるチェックリスト)

業務システムの理解状況を把握するためのルーブリック

販売管理システムの画面例


 学生の学び

評価基準:各回の課題への取り組み(50%)、②ワークシートの提出と内容(30%)、③ビジネス実務演習(20%)、を評価項目としている。

①各回の課題への取り組み:講義の進捗にあわせ、システムの基本を理解し、データベースや画面等を定義できているのかを確認する。情報システムの専門家を目指す学生ではないので、詳細を理解しゼロからシステムを構築することは求めるべきではないが、他者が定義した内容を理解し、その通りにシステムを定義し、使える力は必要である。

②ワークシートの提出と内容:講義で取り上げた基本事項を、作業を通じて正確に理解できたかどうかを確認するために、ワークシートを用いている。たとえば、データベースシステムの基本的な概念である、キー、正規化、参照の整合性等の理解の確認はワークシートを用いて行う。

③ビジネス実務演習:最後に個人で行う演習を評価対象とする。当初は筆記試験も行っていたが、現在は個人によるビジネス実務演習の中で、求められた業務がロールプレイングの中で完了できたかどうかを確認する。

受講生:受講生数は、2011年度19名、2012年度13名、2013年度26名である。最初は4~5人程度のグループによるビジネス実務演習を行うが、この時点では業務が完了しないグループが半数弱存在する。実務演習実施後に、業務のチェックリストとルーブリックを提示して、システムとその機能、それが販売管理という業務とどのように結びついているのかを説明する。最後の課題として実施する個人によるビジネス実務演習はほぼ全員の受講生が最後まで業務を完了できる。

ビジネス実務演習の効果の把握:

2012年:ビジネス実務演習を実施した後に、販売管理業務の流れを図式化する課題を行った。何をどの程度記述できるかにより、学生が業務とシステムの関係をどの程度理解できているのかを把握できると考えた。図式化の方法は特に定めなかったが、実務演習で行った内容をできるだけ記述するよう求めた。記述された図に含まれるすべての要素を抽出して種類ごとに集計した(集計表はこちら)。記述された要素の種類ごとの割合を比較すると、当初は目に見える「情報入力」や「文書作成・出力」に集中していたが、最後には「業務処理」や「営業活動」に関する記述も増え、システムを使った業務全体へ視野が広がっていることが確認できた。

2013年:担当者がかわり、ワークシートも少し変化があった。ビジネス実務演習は、授業開始時にシステムの紹介をかねて試行的に行い、中盤にグループ実施、最後に個人実施を行った。各演習後にアプリケーションシステムについてどう考えているのかを記述してもらった。記載があったものについて、内容からカテゴリーを生成して集計したものが下図である。回を追うごとに、システムに対しての認識が深まり、利用者として前向きに考えられるようになっていることが示唆される。



ビジネス実務演習の様子

上:顧客役(教員)に営業役の学生が訪問しているところ

下:自社でシステムを使って見積書を作成しているところ

コースに対する振り返り

本学科卒業生の多くが就く事務系職種については、個人情報を扱う職場も多いことから、インターンシップの機会を得ることが困難な場合が多い。その一方地方の小規模な事業所では、職務上求められる内容は高度で広範囲であり、公式な研修の機会を得られないことも多い。本実践で行ったビジネス実務演習を導入することができれば、地域の事業所で活躍するための素地を情報系の専門科目の中で一定程度養うことができるものと考えられる。

 

カリキュラムへの展開個々の業務ステップの完了状況の確認を通じて、学生が共通してつまづきやすい点があることが明らかになった。たとえば、営業として新規顧客にあいさつに行き名刺を入手できても、その内容を販売管理システムの顧客フォームを用いてデータベースに登録するという流れが思いつかないなど、自ら開発したシステムと現実の業務を結びつけることが難しいことが明らかになった。また、メールでのやりとり内容では、敬語は使えているが業務用語の間違い(例:「注文」と「受注」という表現の混乱など)が散見された。このようなことから、誰もが知っているべき基本的な業務とそこにおける情報の流れを理解するための「企業シミュレーション」を他の授業でも取り入れ、2015年度からは、入学当初の学科基礎科目(必修)の中でも行うこととした。

 

卒業生および企業から:このような授業について、卒業生と企業担当者からコメントをいただくことができた。差支えない範囲で掲載する。(卒業生より)この授業を経験して就職した卒業生インタビューからは、同じようなシステムを使って業務を行う機会があり、オフィスソフトだけではなく業務システムの利用経験があることが自信につながるというコメントが得られている。(企業より)ただ自分の眼の前にある仕事を片付けるだけではなく、会社全体における業務の流れを理解し、その中働いていく姿勢は女性にとっても大切であり、そういった力を持った学生に期待している。

同僚のコメント

(2013年度から当科目を担当している国際コミュニケーション科兼任講師の高池先生にコメントをいただいた。)

この授業は MS-Accessによる実用的なシステムの構築と、それを使った実務演習を通じて、一つの業務(この場合は「販売管理」)を俯瞰的な視点から捉えるという、学生にとって得がたい体験を提供できる貴重な「場」たり得る。ITスキルにばらつきが見られる各受講者の関心を高く保ちながら、いかに「業務システムと他のOfficeアプリの違い」や、「関係データベース の基礎」に関する理解度を高められるかが、教員としての今後の課題と捉えている。また、ロールプレイングにおいては、想定上の社内での役割(社長・営業・総務など)をより強く意識させることで、情報の流れについての関心が高まり、実習の効果が増大するので はと考えており、継続的に学生の反応を確認してみたい。

参考文献・資料

浅海典子 (2006) 女性事務職のキャリア拡大と職場組織. 日本経済評論社

大澤文孝 (2010) はじめてのAccess2010ビジネス実用編. 秀和システム

全国大学実務教育協会 (1999) ビジネス実務総論 付加価値創造のための基礎実務論.紀伊国屋書店

謝辞

この実践研究の一部は、JSPS科研費 24530981 の助成を受けたものです。

, and others from {0} s Recieved {1} MOSTAR{2} {0} ! added this to Mo-susume.