学生による自律的な読書の推進に向けて-多人数キャリア教育科目での試み

長田尚子(立命館大学共通教育推進機構)

 

概要:このスナップショットでは、報告者が担当してきたキャリア教育科目の中で継続している「名言集」を使った活動について、授業横断的に検討する。「名言集」とは、授業に関係する本や講演などから、学生が生き方、働き方、キャリア形成等を考察していく上で参考になると考えた文章をまとめたものである。キャリア教育科目にはそれぞれ固有の目的があり単元がデザインされているが、それと並行して学生が主体的に読書に取り組むことで、講義内容を多面的に検討し考察を深めることにつながると考えている。ここでは、報告者の前任校である清泉女学院短期大学と、現任校である立命館大学、それぞれの授業の特徴に合わせた試みを紹介する。

実践の背景

キャリア教育で重要なこと 各大学におけるキャリア教育の推進により、キャリア教育科目では産官学連携によるPBL実践、ゲストスピーカーの招聘、インターンシップ等の多様な活動が可能になっている。一方で、その多様な活動をどのように振り返り意味づけていくのかという点については、実践的な工夫を重ねる余地がある。渡辺(2009)は、キャリア教育で重要なことは、「望ましい意味や価値を教えることではなく、体験の種類や内容でもない。自分が関与する体験の中に、意味と価値を見出す能力と態度を一人一人が獲得する」ことであるとしている。この指摘に対する一つのアプローチとして、キャリア教育に読書を取り入れることを試みている。

読書の意義 斎藤(2002)は読書を軽んじる体験至上的な考え方に対して、自分をつくり、鍛え、広げるための読書の必要性を提起し、「体験すること自体が重要なのではなく、その体験の意味をしっかりと自分自身でつかまえ、その経験を次に生かしていくことが重要なのだ。体験の意味を深め、経験としていく。その積み重ねに、本は役立つ」と述べている。本を読むことにより、「自分と同じ考えの人がここにもいた」という気持ちを味わったり、「自分ではぼんやりとしかわからなかった体験の意味が、読書によってあれはこういう意味だったのかと腑に落ちる」ということにつながる。また、自分の生き方を肯定してくれるような著者を探し、自分自身を勇気づけていくことは、自己形成のプロセスとしても有効だと考えられている。

学生と読書 全国大学生活協同組合連合会による第50回学生生活実態調査によれば、1日の読書時間がゼロと答えた学生の割合は約40%であるという。この数字を一朝一夕に変えることは難しいが、授業の中で学生たちと本の一節を味わったり、それに共感したりすることで、読書意欲の喚起につなげていくために、「名言集」を作る活動を始めた。

実践1:「女性とキャリア」

授業の概要(2011年度) この科目は、女子短大1・2年生向けの共通教育科目として開発されたものである。女性の場合、就職、結婚、夫の転勤、出産と多様なライフイベントに遭遇する。授業は、20歳代から50歳代までの範囲で想定できるライフイベントを盛り込んだ講義、ロールモデル研究とそれを踏まえたグループディスカッション、金融教育、ライフプランニングを、中心的な学習活動として展開した。各回の概要は以下のとおりである(長田・籔田, 2014)。

  1  オリエンテーション
  2  結婚と仕事
  3  出産と仕事
  4  子どもを預ける
  5  子どもからみた働く母親、母親のコミュニティ
  6  親の介護、自らの不調
  7  長野の女性と自己実現
  8  短大卒業からのキャリア
  9  異業種からの転職
  10  海外経験を活かす
  11  女性の上司と働く
  12  女性管理職への道
  13  ライフプランニング
  14  自己の確立と家族の幸せ
  15  最終レポートとまとめ

ブックレポートと名言集 共通教育科目の全体課題として、授業を通じて本を読みその本についてレポートを書くという課題が全学で設定されていた。「女性とキャリア」では、女性の生き方を考えるために役に立つと思う本を1冊選び、友人にその本を紹介することを目的として、A4用紙1枚にまとめて提出するという課題を設定した。それに加え、「名言集」の活動を設定した。この活動では、授業に関係のある本、文献、新聞、ゲストスピーカーの話などから、各自が女性とキャリアに関する考察を進める上で影響を受けた名言、参考になりそうな名言、感動した名言等を1枚のシートにまとめる。15回の授業で数個の名言を集め、授業の後半のグループワークで各自の名言集を共有する。共有活動を通じて、自己の視点に加えてメンバーの多様な視点を知り、最後のブックレポートの本の選定や、内容の考察に生かしていく。

授業の成果 学生の振り返りシーとやレポートの分析を通じ以下が示唆された。授業前の学生の考え方は限定的・固定的なものであり、母親の働き方や自分が見聞きして知っている範囲の情報から女性のキャリアを捉えがちであった。授業後は、個性的で柔軟な女性の働き方や生き方を知り、女性の可能性について気づきを持てていた。「自分が女性でよかった」という意見も複数記述があった。複数のロールモデルから学び、ライフプランニングに挑戦する活動を通じ、プランを持つことでより柔軟で多様な生き方ができる可能性があることを学生各自が考察できたようだ。

名言の例 

ヨハネ・パウロ二世 「働くことについて」: 家庭は働くことによって可能とされる共同生活体であり、同時に、すべての人にとって最初に働くことを学ぶ学校です。

中学の先生の言葉 : 人は人、われはわれなり、されど仲良き


実践2:「仕事とキャリア」

授業の概要(2015年度) この科目は、2回生以上を対象とした共通教育科目で、同一のシラバスにより各キャンパスの特徴を加味した授業が行われている。報告者が担当したクラスでは、履修者が主体的に学ぶことを通じて、自己と仕事(働くこと)の関係を考察することを主眼とした。各回の授業は、多様な業界からの講師による講演とグループワークを中心に構成される。授業の前半4回では、このような進め方に関するガイダンスをかね、講師の働き方への理解を深めるために参考となるキャリア理論の紹介を行う。各講演の事前の回では、その講師の講演テーマに関わる事前学習のグループワークを行う。授業の最後には、各講演の総括的な理解に基づき、自己と仕事の関係を考察する総括レポートを執筆する。履修者は、グループワークに積極的に参加して検討を深め、複数の講演を有機的に比較検討することが求められる。各回の概要は以下の通りである。

  1   オリエンテーション
  2   グループワークの導入
  3   特別講演:労働関係法規の理解
  4   キャリア理論のまとめ
  5   事前学習①
  6   講演①:人を育てる仕事
  7   事前学習②
  8   講演②:モノづくりの企業の強み
  9   事前学習③
  10  講演③:スポーツに関わる仕事
  11  講演の中間的な振り返り
  12  事前学習④:
  13  講演④:企業のグローバル展開
  14  就職活動経験者を招いて
  15  総括

名言集活動の応用 この授業においても実践1の中で紹介した「名言集」の活動を取り入れることを検討した。報告者にとっては開講初年度であったため、各回の講義の中で学生の参考になりそうな一節を紹介することから始めた。この方法は2012年度に見学させていただいた成城大学の勝又あずさ先生の授業を参考にした。報告者としては、講演と就職活動経験者の4回生を招いてのパネルディスカッションが終わったあと、授業をどうやって総括すべきかという点を課題として認識していた。キャリア教育科目においては教員も総括を行うが、学生個人がそれぞれの考えに基づいて総括を行うことを支援する必要がある。そこで、最終回にそこまで紹介してきた文章をまとめた名言集的な資料を作り、それを使ってグループ内で意見交換し、各自の気づきを深めていく活動を企画した。詳細は次項で記載する。


名言集を応用したグループワーク

活動の概要 上で紹介した「仕事とキャリア」の最終回に行ったグループワークの概要と学生のコメントを紹介する。この授業では各自に名言集を作ってもらう時間がとれなかったため、講義の中で紹介した文章のいくつかをまとめた資料を作り、それを用いて活動し総括につなげることとした。用いた資料は 様々に語られる仕事とキャリア.pdf である。

活動の流れ 活動は一緒に活動してきているグループ単位(4~5名)で実施し、3つのステップから構成した。各ステップの概要とポイントを以下に示す。グループメンバーとの意見交換を通じて、各自が「自己と仕事の関係」に関する考察をそれぞれ深めるためのきっかけを得てくれることを期待した。

ステップ1:「様々に語られる仕事とキャリア」を各グループで音読
・メンバーで順番に分担して声に出して読む
・大切だと思う部分、気になる部分に各自下線を引く

ステップ2:下線を引いた箇所から各自ピックアップして付箋に記入
・著者名と共感する点(該当箇所の冒頭部分)
・著者名と疑問に感じる点(該当箇所の冒頭部分) 

ステップ3:各自がピックアップした箇所を紹介しあい、意見交換
・各グループでシート上に整理してみる
・講義・講演も踏まえ、気づいたことを話し合う  

学生のコメント 最終回に行った活動に対するコメントの抜粋を紹介する。  

「いろいろな名言を見て、モチベーションがちょっと上がった。この言葉を思い出しながら勉強頑張ってテストに挑みたい」

「今日のグループの人から得た価値観やゲストスピーカーの方々のお話し、今日の資料などを比較しつつ、レポートを書いていくなかで自らのキャリア形成を考えていきたい」 

「なかなか深みのあるワークでした。一番気に入った言葉はクランボルツの言葉です」

「私が最も印象に残っているフレーズは松下幸之助さんの話の中にある秀吉の話です。私もどんな状況におかれたとしても、自分のできる精一杯をしようと思いました」

「自分がこれから生きていく上での仕事観、キャリアプラン、大切にしてきたいものなどを考え、見つめ直す良い機会となった」 

 実践の振り返り

このスナップショットでは「名言集」を用いた活動を通じた読書の推進について考えてきた。紹介した活動は、1) 学生が名言集を作る活動、2)教員がまとめた名言集を用いる活動、の2つであった。まず、それぞれについて振り返り、ワークシートや読解活動に関する考察も加えたい。

1)学生が名言集を作る活動

図書館との連携:学生が主体的に図書館を訪れた時にその授業に関連した書籍が相当数存在することが望ましい。「女性とキャリア」という授業に関しては、図書館の蔵書整備と連動してジェンダーとキャリアに関する本を何冊か購入していただき、授業期間中は専用の棚を設けてもらうという多大なご協力をいただいた。

学生の選択と解釈の尊重:学生の名言集とそれを共有する活動を見ていると、「あ、その一文はそう解釈するのではなく、こう解釈してほしい」というコメントをしたくなることがある。そういった状況に遭遇した場合はあくまでも学生の解釈を尊重することにしている。

読書への発展:名言を選んだだけで、その本の他の部分を読まない、その本だけ読んで次の本に続かない、ということも危惧される。この点についてはまずは一冊でも主体的に本を手に取り、本文に少し目を通すことから始まればよいと考えている。自分が担当する複数の授業で同様の活動を行っていけば継続的な支援になるのではないかと考えている。

2)教員がまとめた名言集を用いる活動

教員の解釈を押し付けないことを念頭に、一読者として選択した文章をまとめていることを説明した上で名言集を配布している。「仕事とキャリア」の最終回に行ったグループワークでは、複数紹介した中で、学生各自がそれぞれ異なる場所に共感を覚えたり疑問を覚えたりすること、それが自然なことで互いに尊重し合うべきであることを、グループ活動を通じて伝えるよう心掛けている。

3)名言集のワークシート

ワークシートは改良途上であるが、文章の記入欄はそれほど大きくなくてよいと考えている。そのかわり、気に入ったところ手書きで書き写す活動をしてほしいと考えている。そのことにどのぐらいの意味があるのか研究しているわけではないが、マウスでコピー&貼り付けできてしまう今日に、アナログな手法を残しておきたい。

当初のワークシート(女性とキャリアで利用)

当初の名言集.pdf

改良したワークシート

名言集ワークシート.docx

4)読解活動との関係

名言集を用いた活動は、読解活動とも関係深い。自分の気に入ったところ、気になるところに本を読みながら三色ボールペンで線を引く活動を提唱した齋藤(2005)や、レポートや論文執筆時の文献の読み方として、「ハゲドウ(激しく同意)」「メウロコ(目から鱗)」「ハゲパツ(激しく反発)」「ナツイカ(納得いかない)」の4つの観点で検討する方法を提案している戸田山(2012)などが有名である。「仕事とキャリア」で行った名言集を用いたグループワークでは、音読、線を引く(共感したところと疑問を持ったところ)、線を引いた箇所の共有、という形で取り入れている。

 参考文献・スナップショット

MOSTスナップショット・MOS宝:

勝又あずさ(2012) MOST スナップショット キャリア形成概論Ⅰ

長田尚子(2016) MOS宝 読書意欲を引き出す名言集づくり

論文:

長田尚子・籔田由己子 (2014). 女性のライフプランニングを志向した授業実践ー共通科目「女性とキャリアの開発と評価」 ,『現代女性とキャリア』紀要 (6).

図書:

齋藤 孝 (2002).『読書力』岩波書店.

齋藤 孝 (2005). 『三色ボールペンで読む日本語』角川書店.

戸田山和久(2012).『新版 論文の教室ーレポートから卒論まで』NHK出版.

渡辺三枝子(2009). 「キャリア教育とは」渡辺三枝子(監修)・神戸大学附属明石中学校『教科でできるキャリア教育』図書文化社.

謝辞

この実践研究の一部は、JSPS科研費 24530981 の助成を受けたものです。

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